残留農薬検査ニュース(長谷川桜子オフィス)

ポジティブリスト導入1か月(2006年7月)

あらゆる農薬を規制対象に

食品の残留農薬などに対する規制を強化した「ポジティブリスト制度」が導入されて1か月が経過した。従来は規制対象の農薬などが限られていたが、新制度は食品に含まれるあらゆる農薬に網をかける。別の場所から飛散した農薬が付着しても「販売禁止」となる可能性があるため、生産現場は困惑しつつも自衛に乗り出した。長谷川桜子オフィスのレポートです。

違反は販売禁止
周囲から飛散も“アウト”空中散布減など、懸命の自衛策

食品衛生法は従来、食品に残留する農薬、飼料添加物、動物用医薬品について283種に限って基準値を設けていたが、同法改正に伴うポジティブリスト制度は、799種に基準を設け、それ以外にも暫定的な規制値を設定した。これにより、すべての農薬などが規制対象となり、違反食品は販売禁止となる。

農薬の飛散が心配

農家が心配するのが、散布された農薬の飛散だ。
「狭い農地で多品目を栽培している我々には相当に厳しい」。ホウレンソウや枝豆など10種類以上の野菜を出荷している埼玉県川越市の専業農家飯野芳彦さん(29)は戸惑いを隠さない。

食品残留農薬0.01ppm一律規制

残留基準は、同じ農薬でも作物によって異なるが、試験に基づくデータがないため基準のないものも多くあった。従来は規制の対象外だったが、ポジティブリスト制度は「一律基準」として暫定値0.01ppmを適用する。検出限界に近く厳しい数値だ。「毎日食べ続けても健康を損なう恐れのない量」(厚生労働省)として、国際機関の例などを参考に決めた。

農家困惑

例えば、イネに使う殺菌剤「フサライド」は1ppmだが、ホウレンソウには0.01ppmが適用される。近くの水田でまかれたフサライドがホウレンソウに付着し、「販売禁止」となるケースが起こりうる。
飯野さんは、消毒機械の洗浄をこまめにするなどの対策を取っているが、「生産効率は悪くなった。0.01という数字は重い」と話す。

自主検査

JA(農協)や自治体は、飛散対策として、生産履歴の徹底や飛散防止ネットの導入、散布時期の情報交換などを指導。農薬の空中散布も減っている。

福島県は10分の1に

有人ヘリコプターによる散布(沖縄県を除く)は、農林水産省によると2002年に20道県が実施したが、06年は15道県が計画するだけ。散布面積は約65万6000ヘクタールから約19万ヘクタールに縮小する見通しだ。昨年まで水稲作付面積の約3割で空中散布していた秋田県は半減、福島県は10分の1に減る。

JAの検査

自主検査を導入した産地もある。岐阜県は04年、県内12JA、岐阜大学などと「ぎふクリーン農業研究センター」を設立。05年だけで660件の残留農薬検査を扱った。100成分の農薬を分析する場合、約9万円の検査費用が必要だが、3万円を農家が負担。JA全農岐阜の河本晃営農対策課長は「消費者の目が厳しい中、生産者側も安心と安全を求められている」と説明する。
販売中止になった際の損害保険商品も登場。「共栄火災海上保険」(東京都)が02年に発売した「販売中止回収費用保険」の加入JA数は、今年3月末時点の33から5月末には91に急増した。全国農業協同組合連合会は、販売価格の30%を限度とする見舞金制度をつくった。

食品の価格への影響

こうした生産現場での負担が消費者に跳ね返る可能性はないのか。イトーヨーカドーを展開するセブン&アイ・ホールディングス広報センターは「価格転嫁はできれば避けたい。企業努力で吸収していきたい」とする。その一方で、「第一に消費者の安心、安全を考えなければならず、絶対に転嫁しないとは言い切れない。今後の検討課題」と話す。

超過、即廃棄は疑問
飛散対策費の国の負担検討も

千葉大園芸学部・本山直樹教授(農薬毒性学)の話「一律基準を超えた場合、食品として本当に不適なのかという観点が必要。残留基準は生涯食べ続けても害がないという数字。わずかに超えた場合でも農産物を廃棄することが許されるのかという思いがある。一方で、農家の厳しい現状を考えれば、飛散対策費を国が負担することも検討すべきだ」

きっかけは中国産ホウレンソウ
消費者団体評価 検査体制に遅れも

ポジティブリスト制度は、02年に中国産冷凍ホウレンソウから基準を超す残留農薬が相次いで検出され、安全性への不安が消費者に広がったことを背景に導入された。従来は残留基準が設定されていない農薬は、検出されても規制はできなかった。日本生活協同組合連合会の小沢理恵子・くらしと商品研究室長は「10年前から導入を望んできた制度で、大きな前進」と評価する。

輸入品は国の検疫所

しかし、課題もある。残留農薬検査は、輸入品は国の検疫所で、国内流通分は、市場で都道府県などの保健所が実施する。保健所の検査は都道府県が定める食品衛生監視指導計画に従って行う。埼玉県は今年度、野菜、果実について、国産、輸入合わせて450検体で最高約150種の残留農薬を調べる。同県は昨年までの100種から増やしたが、検査体制を大きく変えていない自治体もある。リスト化された799種の分析方法も確立されていない。

中国産スナップエンドウから殺菌剤
回収命令

6月には、神戸市で中国産スナップエンドウから一律基準(0.01ppm)対象の殺菌剤が0.06ppm検出され、回収命令が出された。流通先の東京・築地の輸入青果業者によると、この直後、中国産野菜の買い控えがあったという。
小沢室長は「いたずらに騒いで産地に影響が及べば、せっかくこぎ着けた制度が逆に問題だということになりかねない」と、新制度への冷静な対応が必要とする。

消費者も知識を

「食の安全」を守る必要性は、消費者、生産者ともに一致している。生産者には、農薬使用の透明性を高めるため、生産履歴管理を徹底するなどの努力が求められる。消費者も農薬についての知識を増やすことが必要だ。
新制度を機に、双方が顔の見える関係を築くことで、農産物の信頼性を高めるきっかけにすべきだろう。

残留農薬基準

食品に残留する農薬の限度として厚生労働大臣が定める。専門家らでつくる食品安全委員会が毒性評価などを行って1日の許容摂取量を設定し、実際の食生活で摂取する可能性のある農薬量などを加味して決める。

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